生きよ 堕ちよ

高校留年~プータロー~文系大学~再受験し医師~内視鏡に魅せられ消化器内科へ

カタルシスのための日記(愚痴があってうざいです)

今日タクシーに乗ったが、タクシーではおケツが痛かった。特に行きに乗った個人タクシーはタクシー用ではなく普通のクラウンであり、そのためクッションが柔らかかったが、その分痛みが強かった。円座を使って自分の車に乗っている時は痛みはほとんど感じないので、円座を持ってくればよかったと後悔した。

病院と車では円座を持ち運んで使っているが、さすがに外にもっていくのは少し恥ずかしい。といっても、昨日仕事の後に少し歩いた時は円座を持ったまま歩いたが。

 

今日は某製薬会社に行き、MRさんのプレゼンを聞いて感想を言ったり、アドバイスをするという仕事?があった。1時間に満たない時間でいろいろ言うだけで、うん万円もらえる。お寿司ももらった。

何回かやったが、本当に楽で、こんなもんでお金をもらってしまっていいのだろうかという罪悪感?と、毎日これやってれば楽やし、今より給料上やんというアンヴィヴァレントな感情を抱いた。

大学生の時に家庭教師をして、こんな楽なことでお金をもらってはいかんと思い、それ以降は肉体労働ばかりをしていたが、あの頃の僕の方がまだピュアだったようだ(笑。

 

今勤務している病院は数年前に独法化し、僕は公務員ではなくなったが、それでも兼業の禁止は続いている。しかし、抜け道は色々あってこれもその一つ。

 

 

ここからは愚痴です(カタルシスが日記の目的でもあるので書きますが、スルーしてください)。

しかし、椅子に座ってプレゼンにあれこれ言うだけでお金をもらえるのは認められるが、研究会でミニレクチャーをした時や、臨床消化器病研究会で症例を提示した時(高輪プリンスの芸能人が結婚式をするようなだだっ広い会場でだったので、ごっつ緊張し、口がカラカラになった)の報酬は病院がもらうことを許さなかった。

後者の方が準備が大変で、よっぽど緊張したのに、なぜ認められないかよくわからない。病院としては残業代を減らす方向に持っていきたいのは見え見えなのだから、個人の才覚で稼いでくるのをとやかく言わないでほしいわ。

大体3次救急病院で、残業を削れと言われても限界がある(何があっても救急は断るなというわりに、ベッド数が減っているから、常に満床状態だし)。毎月100時間を越す残業でようやく他の病院と同じくらいの給料なのに。残業がなければ半減する(基本給が安いから退職金も安い)。

曜日によっては7時ごろに病院を出ることができるが、この時間の渋滞は結構すごい。これくらいの時間に帰ることができる人が多いんだと羨ましくなる。こんな時間に病院を出ることに罪悪感を感じてしまうが、そのこと自体、社畜ならぬ病畜なんだろう。

 

愚痴終わり。

 

父親がこれから医師になってもいいことはないぞと、僕が医学部に受かった時に言った。昔ほどではないが、まだ恵まれている点はあると思う。しかし、息子が医師になりたいと言った時、僕は親父と同じことを言うかもしれない。自分の仕事にプライドを持ってやっているが、報われることばかりではなく、医療を取り囲む状況はどんどん厳しくなってきている。

どんな仕事でもそうだと思うが、だからこそなりたいと思うものになればいい。無理矢理、医師になることを強要してもいいことはない。僕のように、高校をダブって、ぐうたらするようなことがないようには指導をするが。

幼稚園の頃は医師になりたいと言っていた時期もあったが、今は科学者になってドラえもんを作るらしいので、それはそれで素晴らしいことだと思い、ええんちゃうかと言っている。

 

体重は83.1㎏だった。おケツが痛いが、明日はジムに行こう。目指せ75㎏。