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生きよ 堕ちよ

高校留年~プータロー~文系大学~再受験し医師~内視鏡に魅せられ消化器内科へ

まあまあ暗黒の中学時代① プロローグ

暗黒時代

前回のブログで、救急車の思い出を書いたら、カタルシスがうまくいき、意外とすっとした。そもそもこのブログの主目的はカタルシスであるので、目をそらしていた中学時代を抉ってみようと思う。

 

そうはいうものの、中学時代はあまり人間的に成長しておらず正直思い出したくはない。僕より悲惨な中学時代を送った人は珍しくなく、特にひどかったと強調するつもりもないが、僕にとっては高校をダブっている時よりも無駄な時間だった。

勿論周りだけが悪いわけではない。自分も悪いのはわかっている。しかし、人生をやり直せるのであれば、あの中学には行きたくない(可能であれば今の僕が学費を出して私立中学を受験させたい)。卒アルも落書きしまくって捨てた。

 

小学生のころから地元の公立中学に僕は行きたくなかった。結構荒れていると評判であったし、ふわふわした僕は優秀な者が周りにたくさんいて、皆が切磋琢磨している環境に身を置かないと安易な方向へと流されてしまうと小学生ながらに考えていた。

今の同僚は皆教育熱心で、子供の大半は塾へ通い、進学校へ進んでいる。医者は自分たちが学歴で守られていることを知っているから、子供たちにもそのルートを歩ませようとする。これには是非があるだろうが、大多数の凡人にとっては優しい道だ。

 

どこかで書いたが、うちの親父はさほど優秀でない公立高校から、公立大学の医学部に入った。一浪しているが、当時珍しかった予備校に通っていた。

昔ながらの長男偏重な家で、親父の名前には祖父の名前の一文字が含まれているが、弟二人はじろう、さぶろうだ。僕にもその一文字は入っているが、僕は長男にその一文字を入れなかった(親父は少しさびしそうだったが、まったく意味を見いだせなかった。嫁は入れなくていいの?と言っていたが、必要ないと答えた)。

従兄は僕より一つ上と一つ下だが、僕が長男の長男であるとのことで、祖母からのお年玉は一番多かった。子供ながらに気まずかった。親父は浪人までさせてもらっているのに、弟二人は高卒と高校中退だ。昔は羽振りがよかったらしいが、没落しており、そんなに裕福な家ではなかった。

 

話はそれたが、こんな家で育っているから、親父は自分が一番であり、自分の思う通りにしないと気が済まなかった。自分が好きなようにお金を使うことが一番大事で、おかんも給料の一部しか渡されておらず、給料明細も見たことがないと後で知った。

自分が医師免許に守られているくせに、子供の教育に全く熱心ではなく、興味を持たなかったが、僕が自分から希望し、6年生から塾に通うことになった。

学校で習う内容と違うことばかりであり、カルチャーショックを受けたが、その分勉強は楽しく、自主的に結構勉強していた。これまで勉強をしていなかった分、成績はいい感じで伸びていき、模試でも大阪星光に受かるかな?というくらいまで伸びていった。

自分の意見をいうことはほとんど許されていなかったが、僕はここで初めて私立中学に行きたいと自己主張をした。しかし、許してもらえなかった。

表だって反対したのは母親で、そんなとこ行ったら、勉強しかしない傲慢で碌でもない人間になるというのが理由だった。勉強すらしない怠惰な人間になるよりはよっぽどましだと思うが、そういう冗談を抜きにしても、到底納得出来なかった。

僕の個人的見解で、一般化するつもりは毛頭ないが、大学の同級生や同僚を見ても、進学校出身者より、しょぼい高校でダントツだった者の方が問題が多かった。

長じてから、あれはおかしいとおかんに言ったところ、上記理由はおかんの本音でもあるが、それだけでなく、単純にお金がなかったらしい。親父が好きなように使っていて、おかんにはごく一部しか渡っておらず、また当時は知らなかったが、家庭の事情もやや複雑(親父はバツイチで僕には会ったことのない異母兄がおり、そちらに養育費を払っていた)で、色々入用でもあった。

親父は生活費を僕らの目の前でおかんにわたしていたが、それは僕からすれば大金であり、僕はうちはそこそこ金持ちだと思っていた(親父がそう誘導した節はある)。しかし、親父はおそらく月に数十万円自由に使っていたが、家には一部しか入れていなかった(僕はこれを反面教師にして、明細は嫁に渡しているし、お小遣い制で、額は高校生の時より少し多い程度だ)。

 

親に意見を言える雰囲気ではなかったが、それでも僕は何度も受けさせてくれと頼んだ。親父のイメージ操作でうちにお金がないとは夢にも思っていなかったので、到底納得できなかった。

おかんが親父に僕が私立中学に行きたがっていると言ったらしいが、親父は一蹴したらしい(その気になったら通わせられたと思うが、出したくなかった様子)。おかんが国立の中学なら行ってもいいよと言ってきたが、その時には募集は終わってしまっていた。そもそも入試に抽選があって、抽選で落ちたら目も当てられないと思い、受ける気は最初からなかった。

私立中学に行くと吹聴しまくり(その影響で別の同級生も私立中学を受けた)、結局受けすらしなかったので、後で色々言われた。

 

ここで強靭な人間なら高校で逆転してやると思うのだろう。受けて落ちていれば、僕もそう思ったかもしれない。しかし、脆弱な僕は勉強しても報われないなと心に刻み込み、それ以降勉強を放棄した。

今は親には感謝している。見捨てないでよく育ててくれたと思う。おかんには頭が上がらないし、見た目は真面目なアナウンサーぽい外見なのに、なかなかデカダンな親父にも反面教師にしつつ感謝の気持ちの方が強い。それでも僕の中学の進路に関しては間違っていると思う。せめて受けさせておくべきだった。

そしてまったく希望しない公立中学校へ進学した。 

 

今日の体重は76.9㎏。ナッツ食い過ぎたかな。