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生きよ 堕ちよ

高校留年~プータロー~文系大学~再受験し医師~内視鏡に魅せられ消化器内科へ

交通事故の思い出

今日は、バルーン内視鏡を一人法で1件行ったが、仕事自体は早く終わり、病院の周りをうろうろした。1時間強で8000歩ほど歩いた。

車で帰ってくる途中に、無理な割り込みを3台にされ、いらいらしてしまった。たった20分ほどの間に3台ってありえへん。

 

いらいらしながら運転しては事故を起こす可能性が高いので、なるべく平常心で運転するように心がけているが、それでも無茶な運転をされると平常心を保てない。

 

これまで歩いてて1回、自転車で1回、車で3回、バイクで3回交通事故にあっている(バイクの転倒は数え切れず)。死ななかったのが不思議なくらい。自動車保険の等級も下がりに下がって1級まで行ったことがあり、入る保険がなくて困ったこともある(でもゴールド免許だったりする)。

 

僕が悪い事故もあるが、悪くない事故も結構多い。僕が悪いのは車の2回、バイクの1回(いずれも10代~20代のころで運転が今より荒かった)で、他は僕の過失割合の方が低い。

 

一番ひどかったのは、後期研修医の時のバイクの事故だ。

このころの僕は、今よりもはるかに激務で、病棟の担当患者は20人を超えることもざらであり、またあまりに病院から電話がかかってくるので、着メロがトラウマになり、しょっちゅう変えないと精神的にきつい状態であった(今の病院に移ってもそのトラウマは続いたが、ここ数年でようやくそのトラウマが消えつつある)。

その週もとても忙しく、一日に5人患者が当たったり、検査も多く、日をまたがずに帰れる日がなかった。事故にあった日は、早く仕事が終わったので、9時過ぎに病院を出て、家にバイクで向かっていたらしい。というのもこの事故の記憶が全くない。気がつくと今勤務している病院に入院させられていた(当時は違う病院勤務)。身体が痛くて、全く動かず、どうしてこうなっているのか状況の把握ができなかった。

 

後で聞いた話では、一時停止を無視して出てきた車に突っ込んだとのこと。10年近く前だが、今でも記憶は蘇っていない。ERでは「大丈夫です、帰ります」と言っていたと、今の病院に勤務するようになってからERのスタッフに教えてもらった。アルコールに強い人が内視鏡時の麻酔で抑制が取れて暴れたり、暴言を吐いたりするが、僕はこんな時でも謙虚なんだなとわらけてきた。暴言吐いたほうがなんかいい気がするわ。

 

ジェットヘルをかぶっていたせいで、顔面も結構損傷しており、顔面の骨が折れて顔が腫れあがっていた。他に外傷性くも膜下出血、鎖骨骨折、肩鎖関節脱臼を起こしていた。後輩が見舞いに来たが、僕の顔を見てやばいと思ったらしく、すぐに帰って行った。

お見舞いにきたナースがカルバンクラインのパンツ(いつも検査着からみえていたらしい)とバイクの本(これには笑ってしまった)を持ってきてくれた。若いナースが見舞いに来たら、好きになってしまうと思っていたが、ほとんどが年上のナースであった。

 

鎖骨と顔面の骨折は手術が必要であった。ディプリバンという麻酔を導入で自分に使われることになったので(麻酔科を回った時やICUでよく使っていた)、抗おうとしたがもちろん全く抗えなかった。終わった後、傷も痛かったが、尿道バルーンがとても不快で、ナースに早く抜いてくれとせがんでいた(ただの変態)。バルーンを抜いてもらった後、排尿時に空気が出てきたのはびびった。

 

まあまあな怪我だったが、人が少ないとのことで、1か月経たずに復帰を余儀なくされた。ワーカーホリック気味で、休んでいてもすることが無かったので(身体も痛いし)、まあええかと僕は思ったが、両親は「その病院は辞めてしまえ」と怒っていた。鎖骨にボルトが入ったままだったが、大腸内視鏡を終えた後に手術室で抜いてもらった。

 

保険会社からの提示額はかなりの大金であったが、それでも大分過小に見積もっており、紛争処理センターに通うことで3倍になった。親にあげたり、車や時計を買ったり、FXで100万すったりと無駄使いをしたせいで、今はあまり残っていない。

保険会社は紛センの決定には逆らえないらしいが、何度も引き延ばしをされ、かなり不愉快な思いをした。保険会社の払い渋りを身をもって体験することができた。事故の過失割合は5:95であった。

顔の傷が一番後遺障害として重いのかと思っていたら、男の場合は大した等級ではなく、肩鎖関節脱臼(これは手術をしなかったのでいまでも飛び出している)のほうが重い等級であった。顔の傷は形成外科の先生に上手に手術していただき、よく見ないとわからないくらいにまで治してくれた。

 

バイクにまた乗りたいが、家族ができたので自重している。子供が自立して、定年になったらまた乗ろうと思っている。その時に、事故の記憶が蘇って乗れないかもしれないが。

 

今日は歩いている途中にのどが渇いたが、自販機が見当たらず、そのまま帰ってきた。その影響か、体重は87.0kgと大幅に減った。余りに減ったので、故障かと思い、数回測ったが、86.9kgになる時もあった。今のところ順調だわ。