生きよ 堕ちよ

高校留年~プータロー~文系大学~再受験し医師~内視鏡に魅せられ消化器内科へ

3回目ワクチンでいらいら

今日はCOVIDワクチン3回目接種の日。時間ちょうどくらいに行ったのに、既に行列ができていた。前の方に並んでいた出入り業者らしき制服を着た二人組がちらちら後ろを見ている。まさかなと思っていたら一人が後ろに来て、同僚を連れて割り込ませた。

テーマパークか。いつから大学病院はUSJになったんや。ていうか、ワクチンくらい個々で打てよ、クソバカたれが。

途中、結構密な待合室で待たされたが、知人同士で来てべらべら喋っている者もいた。ここでCOVID蔓延したらどうすんねん、黙って待っとけよ、ヴァカ。

接種終了した時には1時間以上経過していた。でっかいホールあるんやからそこ使えばいいのに、なんでこんな狭いところを使うのか、まったく意味が分からない。

なんか色々いらいらしたw

 

先日、帰宅中に前に止まったトラックにこう書いてあった。

The distribution company which I put together in the time

‥全然意味が分からん。最近、翻訳ソフトが発達して、英語論文を見るとDeepL翻訳とGoogle翻訳にぶち込んでしまっている弊害が出てきたか。子供らに受験で一番大事なのは英語だぞと口を酸っぱくして言っているのに、これはいかん。

余りに意味が分からないので、ネットで検索したらあるサイトで取り上げられていた。

englishbootcamp.jp

抜粋。

『よ~く見てみると、こうあります。

The distribution company which I put together in the time.

ううむ・・・

これは、かなり難解です。

おそらく、元の日本語を辞書を引きつつ、なんとか英訳したんだろうな、ということが推測できます。できますが、じゃあ元の日本語はなに?と言われると、さすがにこれはもう、想像の域を超えています。』

いつも思うのですが、この手のキャッチコピーって、誰に向けたものなんでしょうか。
もしも、海外マーケットを念頭に入れて、外国人にアピールするために、英語にしているのなら、全く意味をなさない英語を、大きく書いたところで、何の意味もないですよね。
で、もし日本人に向けてなのだとしたら、日本語で書かないと、これも意味がありません(^ ^;)
ホント、不思議です・・・』

 

まさに言い得て妙。専門家がわからないのなら、僕がわからないのも当たり前w

もう27年も経つのか

日曜日は日当直バイト。大阪はオミクロンがかなり増えているし、職場でもオミクロン感染者がちらほらでているが、この病院には一人もいなかった。

普段より受診希望の問い合わせが多かったが、専門外の外傷などは断った。情けなかったのは、専門ど真ん中である消化管出血患者を、病院として緊急内視鏡ができる体制にないため、断らないといけなかったことだ。本領発揮できる場であるのに‥。

 

12時過ぎにベッドに入り、寝ていたら電話が鳴った。

「‥はい、OOです。」

「DNAR(心肺蘇生しない)の患者が亡くなられたのですが、家族が30分後くらいに来ますので、そしたら死亡確認に来てください。」

「‥今じゃないんですね。」

「そうです。」

時計を見たら4時半だった。結局家族が来て、死亡確認をしたのは5時45分だった。勿論その間眠れず。‥家族が来てからの電話ではだめなのだろうか。

テレビをつけると、阪神大震災についての番組をやっていた。もう27年も経つのか。当時大阪にいたが、ミキサーでかき回されているような揺れで、部屋の本はほぼ全部落ちた。震災数日後、当時通っていた関学に向かった時、阪急今津線の上に新幹線の線路が落ちていたのは忘れられない。が、家もつぶれなかったし、僕なんか全然ましな方だ。

合掌。

 

上記電話で起こされた後、携帯をみたら大学の同じチームの先生から、金曜日に止血した患者が再出血しているようだとラインが入っていた。十二指腸憩室出血の患者で、止血しやすいように直視鏡から側視鏡(光源がX1であるため、JF260がつながらず、TJF290がでてきた。TJFはJFより太いが、止血に太さは必要ない)に変えたが、挿入に難渋した。TJFの太さもあるだろうが、やはり腕が落ちている気がする。

最初に見た時は結構出血していたが、TJFに変えた後、自然止血してしまっていた。怪しいところにクリップをかけたが、胆管の走行がよくわからず、必要最低限にした。それが仇となり再出血したと考えられた。

今日は有給を取っていたが、当直明けに大学病院により、緊急内視鏡を行った。金曜日の部屋と違って、260シリーズがつながるX1であったが、なぜかまたTJFが用意されていたw これは直視鏡でなんとかせねばと思い、やや難渋したがクリップを追加して止血を行った。

もう出血しませんように。また出るようならIVRだな。

 

止血後、急いで帰宅し、妻と受験で学校が休みになっていた子供とウルフギャングで食事をした。今日は長女の誕生日でもあるので、百貨店でケーキを買い、ジョンストンズのカシミヤマフラーがセールで安く売っていたので購入した。

これでこの日当直バイトも後2回だ。

 

 

 

 

 

今日は息子の誕生日だったのに‥

オミクロンの感染が爆発している。沖縄で何が起こっているのだろう。いくら軽症者が多いとはいえ、絶対数が増えると重症者も増えてしまうので望ましい状態とは言えない。

 

1月5日水曜日は内視鏡バイト。まだ正月休みのところが多いのか、高速道路は空いていた。検査はそんなに多くなかったが、ERBDチューブ交換を頼まれた。交換か、楽勝やなと思ってとりかかったが、瀑状胃のため十二指腸への到達に難渋した。到達してからはチューブ交換はすぐ終わった。

これまで何百件とERCPをやっているが、大学にうつってから年に1~2回しかやっておらず、下手になっている気がする。前病院を辞める前の2~3年は減っていたが、それでも月に数回はやっていた。さすがにそれくらいやらないと維持できないのだろうか。

内視鏡バイト後当直バイトへ。正月休みの影響はここでも出ており、温泉はいつもより混んでいた。

尿管結石の既往のある人が、前と同じ痛みが出たとのことで受診希望あり。受諾して、診察した後に痛み止めの点滴をしようとしたら、なんと当直帯に点滴で使える痛み止めが何もなかった。仕方ないのでボルタレン坐薬を挿肛した。効いてくる間にエコーで水腎症を診ようかと思ったら、エコーが壊れていて使えなかった。幸いボルタレンが効いたので、数個処方して明日必ず泌尿器科に行くようにと言って帰した。

‥この体制で救急って受けないといけないのだろうか。この日の当直は6時過ぎに病棟の急変でも呼ばれ、意外と忙しかった。

 

金曜日に次行く病院の時期院長、副院長、僕より少し早く赴任する先生と顔見せの食事会があった。一日一組限定の店でとても美味だった。写真を撮る雰囲気ではなかったのが残念w。仕事終わりに直行しないと間に合わなかったので車で行ったが、他の先生はビールやらワインを飲んでいた。大学の規定では4人までの飲食はOKとされているが、それも時間の問題かもしれない。

 

今日は成人の日かつ息子の誕生日なのに病院は開院日だった。教授、准教授2人をはじめとして休んでいる先生も多かった。通勤の道路はいつもより空いていたが、なぜか悲しくなってきた。

 

祝日とは?

国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)

 第3条「国民の祝日」は、休日とする。』

‥大学病院の玄関にはっとこかな。

 

僕を指導している准教授が論文を書いてやったからとばかりに僕に仕事を押し付けてくるが、外科カンファの症例提示まで押し付けてきた。臨床さぼりすぎてプレゼンが上手くできなくなっているのだろう。

もう辞めるし、確かに色々やってもらっている(教授に全部の学位論文の剽窃のチェックを押し付けられているのは少し可哀そうになった)ので別にいいんだけど、もっと下の医者に頼めやとちょっと思ってしまったw

ゆっくりできました

晦日は恒例のアウトレットへ。雪が降っており、非常に寒かった。

妻に感謝の気持ち兼誕生日プレゼントで真珠のネックレスを買い、自分のカバンも買った。GUCCIPRADA、MONCLERといった人気ブランドは入場制限がかかっており、行列ができていた。前2者はちょっと見たかったが、冷やかしとなる可能性が高いし、寒空の中並ぶのがつらく断念した。カバンはBALLYにリーズナブルでよいのがあったのでそれにした。その後、温泉で暖を取り帰宅した。

 

いつも大晦日の夜は家で鍋をするが、妻の希望もあり(毎年片付けが大変らしい)、ちゃんこ鍋を食べに行った。

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すごいボリュームで大変美味だった。胃が爆発しそうになった。小錦高見山が食べに来た写真が飾られていた。両国で何度かちゃんこ鍋を食べたことがあるが、相撲の聖地だけあって店がたくさんあった。元力士がやっているちゃんこ鍋屋は美味しい。

 

正月はひたすらだらけていた。初詣にいっておみくじを引いたら吉だった。皆健康で過ごせればそれが一番だ。後はスーパーに行ったくらいだ。

息子と久しぶりにフォートナイトをやった。1年半ぶりくらいで、操作もだいぶ忘れていたが、何回かビクロイできた。息子の友達も参加してきてトリオでもビクロイできた。

流石に学位申請の準備をしないとまずいので2日から手を付けたが、書類はほぼ出来上がったし、公聴会用のパワーポイントも80%ほど出来上がった。大学にうつってから学会発表は1回だけで指導も数回だが、前病院では40~50回学会発表し、指導も同じくらいしているので、手を抜いてもそれなりに見える技だけは身につけているw

ついでに退官記念誌に書かないといけない文章も10分でやっつけで心にもないことを書いて仕上げた。前回のブログで触れた天野教授の文章があまりに素晴らしいので引用する。

president.jp

抜粋。

その日を見据えて、周囲から「退任記念祝賀会」についての相談がありました。大学病院の教授のほとんどは、退任する際にこうした退任式を開催します。自分の妻に同席してもらって労いの言葉をかけたり、同僚や関係者を招待して、盛大な“お別れ会”を開いたりするのです。

しかし、私は断りました。もちろん、現在のコロナ禍の状況では実施すること自体のリスクもあります。加えて、私自身が、それほどたいそうなことはやっていないと思っていますし、ここまでやってこられたのは患者さんのおかげです。にもかかわらず、退任式という内向きなお祝いを行うことには抵抗感があるのです。

だから周囲にはこう、お願いしています。

「まだ俺は現役なんだから、祭壇には上げないでくれよ。老兵はただ静かに消え去るから。そして、いずれ自分の闘い方に合致した場所で、もう少しがんばるから……」

 そもそも、退任式を開催するには数百万円単位の費用がかかります。会場で配られる自身の業績集の制作費もバカになりません。私はこれまでたくさんの退任式に出席して、100冊を超える業績集をいただきました。しかし、表紙をめくって中身を読んだのはせいぜい2冊か3冊です。こんな無駄なことに多額の費用をかけるのはもったいないと思うのです。

これらの費用は医局の研究費から捻出するものですが、それならば、若手医師が海外で学ぶための費用にあてるほうがはるかに有意義です。退任式を開催しなければ、何人もの飛行機代がまかなえるのです。』

下線は僕。本当に素晴らしい。技術だけでなく、精神も超一流だ。‥こういう先生に仕えたかった(めちゃくちゃ厳しいだろうけど)。

 

明日から仕事だ‥。嫌だなあw

 

喧嘩なんかしてまへん

来年3月に辞めるため、今年いっぱいで外来医長をめでたく馘首交代することになった。なぜか、2回も挨拶をさせられ、人前でしゃべることが嫌いな上、正直大して仕事をしていないので(病棟医長のDr.も来年3月で辞めるので同時に交代となったが、病棟医長と外来医長では正直仕事量が全く違い、病棟医長は激務だ)、言うこともあまりなくしどろもどろだったw

教授も言うことがなくて困ったのか(病棟医長の挨拶の時はいろいろ言っていた。僕も教授の退官記念誌に文章を書かないといけないが、書くことが無くて困っているのでお互い様だw)、

外来でやったことと言えば‥、けんかしたくらいか?と言い出した。

mfuku4585.hatenablog.com

この時のことを言っていたのだが、そもそも喧嘩していない。僕が一方的に押されただけだ。この無敵の人(いやちんぴら)と同レベルに落ちて手を出したくない。

ちなみに格闘技有段者は凶器所持認定されるという巷間の噂を信じていたが、これは都市伝説らしい。日本拳法の段を取ったので(Z会の某大学英語六段も持っている)、凶器になるん?と思っていたが、そんなことはないようだ。だからといって手を出せばよかったとは思わないがw

‥ていうか、あんた隣で外来してたのに全くでてこんかったやんけ。おじいちゃんに止めにこいとは言わんが、部下がどんな目にあったかくらいは把握しとけよw 喧嘩なんかしてへんわ、ぼけっ。

結局、この教室に残りたくないと思った原因の一つが教授や一部の准教授の人品だ。他の人たちはいい人が多く、前病院より人間関係ではストレスがなかったが‥。絶対、退官記念パーティ行かへんw 天皇陛下の手術した天野教授見習ってパーティーなんぞ中止して欲しいけど、自己顕示欲の塊やし無理やな。

 

水曜日は内視鏡→当直バイト。前日が仕事納めであり、高速道路は空いているかと思ったが、いつもよりトラックは少ないものの様々な地域のナンバーの普通車を多く認めた。オミクロンが徐々に増えてきているので、このタイミングで帰省や旅行という人が多いのだろう。気持ちはわからんでもないが、いつも早めの夕食を取るSAが渋滞していた(いつもはそこまで混んでいない)。

 

当直バイトは穏やかだったが、朝、車の窓ガラスが凍っていたw アルコールスプレーさまさまだ。

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もう今年も終わりだ。年を食うと1年があっという間だ。昨年最後のブログで、今年の目標は大学病院から脱出する目途をつけることと身体に留意することと書いてあるが、どちらも一応達成できた。

来年の目標は新しい環境に慣れることと、身体に留意することだw おっさんになったし、子供らが自立するまでは踏ん張らないといけない。

今年は何といってもおかんが亡くなったことが最大の出来事だった。大なり小なりマザコンの男は多いと思うが、僕も例外ではなく、それゆえの喪失感は大きいし、悲しい出来事だが、でも苦しむ姿を長く見なくて済んだことはよかったのかもしれない。

 

今日の体重は77.8㎏

たっかあい

先週の日曜日は日当直バイト。救急車3台の受け入れ要請あり。1台は内科の範疇外で断り、2台受けたが、1台は他の病院が決まったとのことでキャンセルとなった。

‥救急隊も掛け持ちで連絡すなよw 日曜日の朝から月曜日の朝まで病院にずーっといるストレス発散のため、ひたすらお菓子を食べまくっていた。後3回だ、ふんばろう。

 

論文がアクセプトされた。といっても僕はほとんど何もしていないけれど。open access journalであり、そのため投稿料は高い。

28万円。これまでいくつかopen access journalに投稿したが、高くても20万くらいだった。前病院では英文校正、投稿料すべて科か病院が出してくれたが、大学病院にはそのような補助は一切ない。

大学病院こそ、論文を書かないといけないと思うのだが、市中病院の方が論文作成支援が手厚いってのはどうなんだろう。

 

大枚はたいたし、教授や准教授も学位を取れというので、学位申請手続きについて色々調べてみると、僕のように大学院に行っていない者は、他院での研究歴を認定してもらわないといけないということが分かった。

年に1回学会発表か、論文を書いていればその年が研究歴として認定され、それと大学にいた年数と合算して6年クリアしていればOKなので楽勝なのだが、様々な書類を作成してその月の20日までに提出しないといけないと書いてあった。

‥もう過ぎてるやん。今月に研究歴が認定されないと、翌月に学位申請書類を出せず、4月までに学位を取ろうと思ったら、なぜか1月が最終締め切りなので、もう間に合わない。

あーあ、28万パーかと思ったが、ダメもとで担当に電話して聞いてみたら、年内に書類を出せば何とかしてくれることになった。さすが私立大学だけあって融通が利く。

研究歴申請に卒業証明書がいるとのことであり、母校に問い合わせたら、オンライン申請というおしゃれなものになり、有料になっていた。明日取りに行く予定。

 

僕は大学院に行っていないので審査料が20万円かかり、さらに教授や准教授に悪習慣習となっている礼金を払うともう100万円だ。ほんま、こんなん払うくらいならウブロの時計が欲しいわ。

‥しかし礼金って昭和やないんやから。薄汚い世界やで。

100万払った代償は僕にとって名刺に医学博士と書けるくらいやし礼金は意地でも払わんw でも准教授には払ってもええかもなあ。論文書いてくれたし、教授選負けそうやし。 

 

今日の体重は78.2㎏。クリスマスに色々食べ過ぎた。

 

おそるべしガールズバー

昨日はチーム会。今回のチームはよくチーム会をするチームで、これで2回目だ。チームチームでゲシュタルト崩壊しそうw 今回は焼肉で、僕はアルコールを飲まずに1次会で帰ったが、若い先生たちは2次会でガールズバーに行ったらしい。話すだけだったのに5万円以上持っていかれたとのことw 皆楽しんでいたらしいので、それは何よりだが。

 

今日はRICを久々にやった。

mfuku4585.hatenablog.com

1年ぶりで、ちなみに上記記事と同じ患者さん。前回RIC後にバルーン拡張を何回もやったが、狭窄が解除されないため、再RICを行った。処置自体は問題なく終了。僕がいなくなる前にある程度けりをつけてあげたい。

 

news.yahoo.co.jp

抜粋。

鹿児島市立病院で2017年3月、入院していた男性患者=当時(91)=が朝食のパンをのどに詰まらせ窒息し、同年12月に死亡していたことが分かった。病院側は医療事故と認め、市は賠償金約2000万円を遺族に支払い和解する方針。  

病院によると、男性は17年3月にインフルエンザ肺炎で入院。飲み込む機能が低下し食事の介助が必要だったが、配膳の看護師は男性が寝ていたため、食事を置いて部屋を離れた。男性は看護師がいない間にパンを食べてのどに詰まらせて、意識が戻らずに死亡した。』

91歳が少し目を離した際に、パンを自分で食べて、誤嚥して賠償金2000万円。この判決は厳しすぎるし、酷だ。一人の患者に一人ずつ看護師がついていれば対応できたかもしれないが。あるいは家族が24時間つきっきりか‥。

このような前例を作ると、また医療が萎縮するし、極論に傾きかねない。自分の父親が、入院中にパンを詰めて誤嚥して亡くなったら、僕ならまあしゃあないなと思ってしまうが、それは医療従事者であるからかもしれない。

 

今日の体重は77.5㎏。焼肉中のご飯は我慢したが、締めのアワビのおかゆの誘惑には負けてしまった。