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生きよ 堕ちよ

高校留年~プータロー~文系大学~再受験し医師~内視鏡に魅せられ消化器内科へ

バイトの思い出②

今日は朝病院に行き、患者を一人退院させた。その後は穏やかであり、昼は一人であったため、自炊をするためスーパーへ。美味しそうなチーズがあったので、500円もしたが思い切って買った。

実際とっても美味しかったので、チーズ好きの家族のために残しておいたが、夜に冷蔵庫を見たら‥ない。探していたら、嫁が変な臭いがするから捨てたとのこと。 そういうものだし、自分で買ったものもわからなくなるのだろうか。美味しかったのにというと、明日また買ってきますとのことであった。

 

続きを書く。

●工場

大学生時。また懲りずに冷蔵庫の工場(笑。高校の時よりは体力もついており、短期バイトであったため、勤めあげた。しかし、不思議なことにほとんど記憶がなく、行きのバスで隣に座った気の弱そうなお兄ちゃんとなんかしゃべったかな位の記憶しかない。

 

●ビラ配り

大学生時。白浜で行われた拳法部の合宿に行った時、途中で僕の軽自動車のエンジンがブローし、帰りは電車で帰ってきた。白浜は観光地で宿泊料も高く、予定外の電車賃もかかり、大阪までたどり着いた時には一緒に帰ってきた同級生と合わせて100円くらいしかなかった。

これはやばいなということで二人で学相(登録しておけばバイトを紹介してくれる。狭い部屋にびっしりと小さい紙が壁に貼ってあって、気にいったものを取る。ネットで調べてみたらもうないみたい)に行き、バイトを探したうちの一つがこれ。

まったく土地勘のないところに連れて行かれ、一人でマンションや家にビラを入れまくった。孤独耐性はあるほうだが、まあまあきつかった。終了時の夜闇が、まったく知らない場所でもあり、怖かった記憶がある。

 

●皿洗い

上記学相バイト第2段。前も書いたが、海沿いにあるオサレホテルで。担当のお姉さんが美人だった。厨房は暑く、喉がからからになった。一緒に行った同級生の列に皿が大分たまっており、パートのおばちゃんに、はよしいやとブツブツ言われて、わかっとるわとブツブツ切れていた(笑。

外人シェフがパンを持ってきてくれたが、喉にへばりついて窒息しそうだったので食べなかったら、遠慮しないで食べてよとしつこかった。同級生は食べていたが僕は水を貰った。

結構疲弊し、帰りに今度は絶対客としてきてやると誓った。大学6回生の時にセフレとこのホテルに泊った時は勝ったと思ったが(何にだ)、二人とも医師とナースのコスプレをしており、あいたたただった。

合宿の疲れが残ったまま、連ちゃんでバイトをして疲れたこともあり、皿洗い後道場に二人で泊まったが、翌日もう一つ入れていたバイトには二人とも起きることができず、ぶっちした(工場だったと思う)。

 

●ビルの解体

大学生時。がれきを運んだり、壁をつぶしたりした。結構楽しかった。学相バイトとフリーターがくっきりと分かれ(別に揉めたわけではないが、延々車とパチンコの話をしており会話に入れなかった。シルエイティーという単語を初めて聞いた)、学相バイトはその時だけまあまあ仲良くなった。

 

●家庭教師

高校留年の記事に書いたが、あまり好きでなかった。いずれも1回~2回生の時にやったが、それ以降はやらなかった(金がないので、仕方なくまたやろうと思い、管理人に許可を貰って、自宅のマンションに家庭教師やりまっせとビラを貼ったら、おかんに数日ではがされた)。

 

●塾講師

これは厳密にはやっていない。あまりガチなところは嫌だったので、時給1500円と安めのところなら、ゆるく教えられるかと思い応募したら、裏で「医学部来た、医学部来た。」と騒いでいた。面接は合格で、後日連絡しますといわれたが、それっきりだったので、体のいい不採用(笑。

 

●塾のテストの採点

これは非常に楽だった。一緒にやったものと話していたら、一人再受験で関学に入りなおしたものがいた。僕が関学に入ったのも年齢的には3浪で、彼も3浪で関学に入っていたのでおおっと思ったが、今書いてみるとあまりたいしたことではない。

 

●佐川急便の荷物の仕分け

大学生の時。これはかなりしんどくて、初日は食事がのどを通らなかった。最初に指導してくれたお兄ちゃんは細い体型だったが、タフだった。

ベルトコンベアに流れてくる荷物を見て自分のレーン番号の荷物をとるのだが、絨毯や電化製品は腹が立つくらい重かった(笑。厳密には佐川ではなく、出入り業者に雇われていたことになるが、佐川の人に「セイコーだけは投げるなよ。」と何度も言われた。逆に他は投げてもいいということだろうか? 疲れてきたら、パテックやバシュロンならともかく、セイコーくらいでよと乱暴に扱ったこともあった(すいません)。

そのうち体が慣れてきて、逆におなかがよく空くようになった。佐川急便の食堂は安くて非常に美味しかった。

 

もっとやったと思うが、記憶にあるのはこれくらい。

基本的には肉体労働が好きで、労働は汗を流してなんぼやろという気持ちもある。今も外来をするよりは、内視鏡時に放射線防護用のプロテクターを長時間着て、汗だくになった方が仕事したなと思える。

 

今日の体重は77.2㎏。夜にパエリアを作ったが、とても美味しくて食べ過ぎた。