先週の日曜日にミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONEを見に行ってきた。長めだったが、だれずに見ることができた。トムはやっぱりすごい。マーヴェリックみたいにリピートはしないだろうけど、DVDは多分買う。
抜粋。
『しかし、専攻医になる直前の22年2月頃から、救急対応などで深夜に及ぶ残業が続くようになった。高島さんはこの頃、大阪で暮らす淳子さんに「朝5時半に起きてタクシーで出勤し、午後11時に帰宅している」「土日も行かないと業務が回らない」と話していた。』
『センターは取材に対し、高島さんに長時間労働を指示したことを否定している。西宮労働基準監督署は、出退勤記録を基に高島さんの労働時間を認定したが、センターは、院内にいる時間には、知識や技能を習得するための「自己研さん」の時間が含まれ、全てが労働時間ではないと主張。勤務医らには、センターにいる時間のうち「業務時間」と「自己研さんの時間」を分けて申告するよう指示していたという。高島さんが、自己申告していた残業時間はほとんどなかった。』
まず、ご冥福をお祈りする。
同じ消化器内科医として激務の辛さはよくわかるし、親御さんの心境を慮ると辛い、ひたすら辛い。すごく真摯な人だったのだろう。
働き方改革などといっても、現状は残業がサビ残になっただけで、労働環境は変わっていないのではないだろうか。夜遅くなることはまだしも、朝5時半に起きてタクシーで出勤というのは尋常ではない。
医者を増やせばいいという問題ではないのが難しいところだ。技術レベル向上は多くの症例に当たる必要があるが、医師数が増えると経験数が減ってしまい、技術向上の機会も必然減る。診断も同様だ。
少ない経験で技術を飛躍的に向上させる天才はいるが、そんな不確定要素に期待することはできないし、逆も然りだ(いくら経験しても向上しない竹田君は違う道に行くべきだ)。
『自主的な』学会発表の準備は自己研鑽で労働時間ではないと厚労省はいい、本件も病院は強制していないという。しかし、確かに「病院」は強制していないかもしれないが、「科」によって強制されていることがほとんどではないだろうか。前々病院、大学病院とも科による強制はあった。
5年前の記事だが、今も同じ意見だ。
はっきりいって地方会の発表なぞ、なんの業績にもならないし発表練習の場にすぎない。今は専門医取得にいるらしいが、すべてが有益な発表ばかりではない。自分自身何十回と発表し、何十回と指導しているが、これ意味あんのかね?と思う発表もある。
本当に発表すべき症例だけにすると数は激減するだろうが、上記記事でも書いたように地方会が多すぎる。いっつも演題足りなくて、締め切り何回も延長して、それでも演題足りなくて、主催者から症例出してと大学病院や有力病院にお願いがくるのは珍しくない。お偉いさんに会長を経験させるための学会の意義って?
科による強制(無言の圧力含め)は素直に認めて、自己研鑽だから業務ではないという詭弁はもうやめよう。しょうもない学会の発表を強制するのはやめよう、というか地方会は年に1回で十分。
後、新専門医制度も問題(大学病院で若手がJ-OSLERに苦しんでいた)あるし、専門医機構理事長の、今回の過労自殺は当該施設の問題で機構の研修プログラムの問題ではない、という趣旨の発言は呆気にとられたがよう言うたな。お前の血は何色や?、長くなったのでまた別の機会に述べよう。
合掌。
今日の体重は76.2㎏。今週はよく食べた。明日から小旅行なので、さらに増えそうだ。